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切なすぎる! 出産してすぐ愛人に殺された、光源氏の妻「葵の上」の“悲運”とは

日本史あやしい話38

■死の間際に初めて見せた妻のいじらしさ

車争図屏風(部分)

 久方ぶりの訪いで、光源氏は葵の上を妊娠させた。つわりが酷く、苦しむことが多くなった妻の姿を見て、さすがの光源氏も彼女のことを愛おしく思えるようになっている。

 

 葵祭において、六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)の牛車を葵の上の従者が押しのけた際、彼女が従者たちを静止しなかったというのも、車中でつわりに苦しんでいたからと思えてならない。それにもかかわらず、御息所に恨まれて、生霊となって葵の上を苦しめ、挙句、呪い殺されてしまったというから、何とも不運である。

 

 死の直前、夫・光源氏を見つめる妻・葵の上の眼差しの描写が、なんとも印象的であった。その情景は、『源氏物語』葵の巻に記されているので、今一度、見直していただきたい。「常よりは目とどめて見出だして臥したまへり」というのがそれ。

 

 閨(ねや)から立ち去ろうとする夫の後ろ姿を、わずかに身をもたげるかのように、愛着を込めてじ〜っと見つめながら見送ったようである。それまでの冷めた視線とは打って変わった情愛の眼差し。

 

 死の間際に初めて見せた「いとらうたげ(いじらしげ)」で、「あやしきまでうちまもられたまふ(じっと見守らずにはいられない)」ような姿を目にした光源氏が、初めて、妻に心底、労りたいとの思いを抱いたのである。

 

 これが見納めとでも思ったものか、その時の彼女の目には、うっすらと涙を浮かべていたに違いない。その直後に容体が急変。ついに帰らぬ人となってしまったのである。

 

 死に臨んでようやく夫と心を触れ合わすことができた妻。その儚さは、なんとも表現し難い。

 

 心冷たき女性と思われがちな葵の上も、その実、夫と心を通わせたかったと密かに願い続けていた、普通の心暖かき女性であった。品格と堅苦しさが邪魔をしたがゆえに、心の内をさらけ出すことのできなかった儚い女性。全ては彼女の不器用さが、自身を不幸にしてしまったのだと思えてならないのだ。

 

 彼女が悲運だったのは、単に呪い殺されたからというだけではなかった。自らが素直になりきれなかったことから、夫にも誤解され続けていた、それこそが悲運というべきであった。

 

 画像出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

 

 

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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